研究紹介

研究方針

私は,人間の社会行動に興味を持っています.社会の研究は,経済学,心理学,社会学,法学など,いわゆる文系の学問であるとされることが多いです.しかし,経済学ではふんだんに数学が用いられますし,ソーシャル・メディア,ビックデータ,computational social science という新しい研究分野の興隆も示すように,理系的な技術は、社会を理解するためにますます重要になってきているように思われます.私は,数理モデリング,データ解析,時には社会実験を組み合わせて,種々の社会行動を「理解,予測,操作」(「社会を操作」と言うと怪しいですが,得られた研究成果に基いて提言をしたり,このような操作をしたらこうなるだろう,という示唆を与えたりすることです)することを大目標にして研究を行っています.

実際には,私はネットワーク科学,進化ゲーム,脳を主に研究しています.2007年まではそれぞれの分野において理論研究のみをしていました.2008年頃からはデータ解析や,データに基づく数理モデリングにも積極的に取り組んでいます.

社会現象に直接関係しないネットワーク,進化ゲーム,脳などの研究も,たくさん行っています.日本では,私は「ネットワーク科学(で色々な研究を行う)人」として主に認知されているようです.社会現象に関わらず研究を行う理由は2つあります.まず,抽象化されたモデルを数理解析する場合があります.そのようなモデルと具体的な社会現象の結びつきが後々分かることもあるからです.また,現実との結びつきは忘れてモデル解析の数理面を楽しみ,解析力を伸ばすことは,度を越さなければ上記の大目標に対して有効です.次に,人でない研究対象が,人の社会行動に対して示唆を与えてくれたり,新たなデータ解析技術をもたらしてくれる場合があります.アリの順位制のネットワーク,ハエの脳のネットワーク,ヒトの睡眠リズム,線虫の動き.これらのデータ解析や数理モデリングを通じて色々なことを学んでいます.人間の社会行動に応用しよう,という決まりきった態度ではなく,対象そのものを本気で楽しむようにしています.

大学院生,ポスドクとして私と一緒に働くことに興味がある方は,「研究指導」のページもご覧下さい.

以下は,個々の研究内容の紹介です.大体ですが,新しい研究が上方に書いてあります.

ギレスピー・アルゴリズム

キーワード:ネットワーク,時系列,点過程,ラプラス変換

我々が成すソーシャル・ネットワークや他のネットワークの多くは、刻一刻と変化している(テンポラル・ネットワーク)。そして、多くのテンポラル・ネットワークのデータに共通する性質の1つに、バースト性がある (参考:バラバシの本「バースト!」)。あなたが誰かと会って会話をするとしよう。そのような会話イベントがいつ起こるかを記録してみると、会話は全くランダムなタイミングで起こるのではない。会話イベントの塊が短い間に起こり(バースト)、一方、会話イベントが全く起こらない長い時間間隔がある場合が多い(下図)。専門的に言うと、イベントの時間間隔は「ベキ則」的に分布している。

図:バースト的なイベント時系列。縦棒は例えば2人の間の会話イベントが起こった時刻を表す。

一方、そのようなことが知られる以前には、会話イベントは、チケットの販売窓口に人がパラパラと全くランダムに見えるかのように到着するように、バースト的でない「慣らされた」起こり方(専門的に言うと、「指数分布」的)をしていると仮定されてきた。よく分かっていなかったための単純化の仮定だったと言えよう。

ギレスピー・アルゴリズムは、会話イベントや化学反応イベントが起こっている相互作用系(人間の集団、分子の集団など)を効率よく、かつ誤差なく数値計算するための数理的な技術で、1970年代に開発された(日本語でも検索すると色々見つかる )。

ギレスピー・アルゴリズムは、基本的には、バースト的ではないイベントを数値計算するための道具だ。一方、実際のデータ、特に人間の社会行動のデータは、往々にしてバースト的である。本研究では、ギレスピー・アルゴリズムをバースト的なイベント時系列の場合にも適用できるような新しいアルゴリズムを作った [Masuda, Rocha. SIAM Rev, in press (2017)]。ラプラス変換と完全単調関数という数学的道具立てを利用した。

サッカーの監督は、強化学習的にフォーメーションを変更するが、勝利に結びついてるというわけではない

キーワード:強化学習,スポーツ,データ

監督の意思決定がチームの成績を大きく左右するだろうことは想像に難くない。

本研究では、日本とドイツのデータを用いて、次の2つの仮説を検証した [Tamura, Masuda. EPJ Data Sci (2015)]。

  • 仮説1:監督が行う試合ごとのスターティング・フォーメーション(下図)変更は、強化学習に従った行動と見なせる。
  • 仮説2:強化学習に従ったフォーメーション変更によって、チーム成績が向上する。
図:サッカーのフォーメーションの模式図.このような画像データからスターティング・フォーメーションを抽出して解析を行った。

強化学習とは、もしうまくいったら現在の行動を次回も行いやすくして、もしうまくいなかったら現在の行動の頻度を減らしてみることである。これによって、学習が行われるに連れて、以前よりも多い報酬を得ることができると期待される。今回のデータ解析で言えば、もし試合に負けたら次の試合ではフォーメーションを変更する可能性が高くなり、勝ったら次の試合でも同じフォーメーションを用いる可能性が高いということである。

なお、スターティング・フォーメーションのデータを用いたのは、そのようなデータが公開されていて利用可能だったからである。データ解析には、多重線形回帰などの標準的な統計手法を用いた。

データ解析の結果、仮説1は指示され、仮説2は指示されなかった。すなわち、監督は強化学習を(無意識的にしろ)行っているという手がかりがデータから得られたが、だからといって強化学習が勝率を上げてはいなかった。負けたからといってコロコロ変えるのは良くないかもしれない。

強化学習は、実験研究で見られる条件付き協力をよく説明する

キーワード:協力行動,強化学習,ネットワーク

囚人のジレンマ(協力行動が一見起こりにくい)的な状況のもとで、どうやって協力的な社会が達成されるのか?進化ゲームの研究は、協力行動を可能にする様々な仕組みを明らかにしてきた。多くの論文がある。

進化ゲームとは、ひとことで言えば「うまくやっている隣人のしていることを真似よう」という行動ルールのことである。これはもっともらしく思えるが、実は、実験室やインターネットを用いた近年の行動実験によると、進化ゲーム理論の予測はよくはずれる。例えば、進化ゲーム理論によれば、色々なネットワークの上にプレイヤーを置いてゲームを行わせると、ネットワーク構造がない場合よりも協力が起こりやすい。しかし、実験では大抵そうならない。また、実験では、隣人が前回多く協力するほど、自分は次回に多く協力し、「条件付き協力」と呼ばれる。しかし、進化ゲーム理論から条件付き協力を導出するのは難しい。さらには、実験では、隣人が前回協力した度合いのみならず、自分が前回協力したかどうかによって、あたかも気まぐれに、自分の次回の協力程度は変わる。

本研究では、進化ゲームではなく、強化学習という異なる行動ルールによって、上記のような実験結果を説明できることを示した [Ezaki et al. PLOS Comput Biol (2016)]。強化学習は、相手がうまくやっているかどうかは見ずに、自分の得た利益だけを気にする行動ルールである。得られた利益が多かったら、次回も続ける。少なかったら、次回は逆のことをしてみる。

強化学習で協力行動を説明することを試みた、我々の先行研究:Masuda, Ohtsuki. Bull Math Biol (2009); Masuda, Nakamura. J Theor Biol (2011); Tanabe, Masuda. J Theor Biol (2011)

錯視現象における脳内ダイナミクス

キーワード:脳・神経,fMRI, 適応度地形,双安定,イジング・モデル,アトラクタ・ダイナミクス

錯視は,同じ刺激を見ているのに知覚が入れ替わる現象であり,ルビンの壺(壺の絵のように見えたり、2人の向かい合う顔の絵のように見えたりする)はその例である.錯視現象の説明として,2つのお椀が連結したような地形(適応度地形と呼ばれる)の中をボールが移動するという描像は,以前から提案されている.1つのお椀の底が1つの知覚(片方のお椀が壺の絵で,もう片方が2人の顔の絵)に対応し,ボールは脳の状態を表す,というわけである.お椀の高さはエネルギーを表し,お椀の底は,エネルギーが極小の状態を表す.しかし,この説明を支持する脳信号のデータは特に存在しない.

本研究では,錯視刺激を見ている人間から取得した fMRI データから,我々の先行研究で用いた最大エントロピー法 [Watanabe et al. Nat Comm (2013)] で脳の適応度地形を構成し,適応度地形内における脳状態(ボールに対応)のダイナミクスを解析した.その結果,実験データからは3つのすり鉢が得られ(下図),お椀の意味も先行研究の場合とは異なっていた.すなわち,下図のピンクで表される「お椀」では視覚野の活動が支配的であり,知覚の安定化を表していた(ルビンの壺に喩えて言えば,錯視刺激が壺に見える時間が長くなる).図の青で表されるお椀では前頭野が支配的であり,知覚の切り替えに関係していた(例えば、壺の知覚から2人の顔の知覚への切り替え) [Watanabe et al. Nat Comm (2014)].

図:双安定な視覚現象における脳内ダイナミクスの模式図.ピンク色は視覚野が優勢な状態,青は前頭野が優勢な状態,黄色はピンクと青の中間の状態を表す.脳の図は,各状態でどの脳領域が活動しているかを表す(赤丸:活動が高い,青丸:活動が低い).緑は脳状態のダイナミクスを表す.

内集団びいき

キーワード:進化ゲーム,協力行動,コミュニティ構造,評判

人(や動物)は,自分と同じグループに属する相手に対しては,他のグループに属する相手に対してよりも多く協力する(下図).この現象は内集団(ないしゅうだん)びいきと呼ばれ,社会心理学などで1970年代から研究されている.しかし,なぜ内集団びいきが起こるのかは,少なくとも理論的にはよく分かっていない(内集団びいきの数理モデルについての総説に [Masuda, Fu. F1000Prime Reports (2015)] ).説明のひとつの可能性として,人は自分の評判を気にする(間接互恵性)という仮定のもとで,内集団びいきは安定に起こりうる [Masuda, Ohtsuki. Proc R Soc B (2007); Masuda. J Theor Biol (2012); Nakamura, Masuda. BMC Evol Biol (2012)].

図:内集団びいき.丸囲みはグループ,矢印の太さは協力行動の大きさを表す.

アリの順位制のネットワーク

キーワード:ネットワーク,階層,DAG (directed acyclic graph), 社会性昆虫
[Shimoji, Abe, Tsuji, Masuda. J R Soc Interface (2014)]

上位の鶏が下位の鶏をつつく例が比較的有名であるように,順位制は多くの動物で見られる.順位制には,群れやコロニー内でどの動物個体が優先的に食物や異性などの資源を得ることができるか,を調整する役割があると考えられている.本研究では,働きアリの間の順位制を、枝に向き(攻撃するアリから攻撃されるアリへの向き)がついたネットワークと見なして解析した.観測した6個のコロニーは,ほぼ完璧な階層(DAG と呼ばれるネットワーク)を成していて,枝は多くなく(= 攻撃はそれほど頻繁ではなく),ランダムなネットワークであった(下図).各アリが何匹のアリに攻撃されるかを数えると、1匹や2匹程度というようにあまりばらつきがなかった.一方、各アリが攻撃する相手の数には、アリによって大きなばらつきがあった.意外なことに,一番多くのアリを攻撃するようなアリは、どのコロニーにおいても,階層の上の方だが一番上ではない位置にいることが分かった.

図:アリの順位ネットワーク.丸はアリを表す.ひとつひとつの線は実際には矢印になっていて、上のアリ個体から下の個体へと矢印が向かっている.

テンポラル・ネットワーク

キーワード:ネットワーク,時系列,点過程,感染症
[日本語の総説記事]

テンポラル・ネットワークとは,2つのノードがつながっているか否かだけではなく,「いつ」つながっているかをも考慮に入れる解析の枠組みである.例えば,友人関係のリンクと言っても,本当は常に同じ強度で存在しているわけではない.2人が会ったり通信をしたりしているときにのみ,リンクが使われている.そして,リンクが使われているときにのみ,感染症や情報が一人からもう一人へと伝わりうる.近年,リンクの時間情報を含むネットワーク・データが急速に使用可能になっていて,そのデータ解析手法や理論を確立することが急務である.特に,時間情報がないネットワークだと見なして既存の,静的なネットワークに対する解析手法をあてはめると,誤った結論が導かれることがよくある.以下の研究(など)を行っている.

  • テンポラル・ネットワークは,静的なネットワークに比べて拡散や同期ダイナミクスを遅くする.このことを理論的に示した [Masuda, Klemm, Eguíluz. Phys Rev Lett (2013)].
  • ネットワーク内で重要なイベントを見つける [Takaguchi et al. New J Phys (2012)]:Click here.
  • 人の行動パターンはどのくらい規則的なのか? [Takaguchi et al. Phys Rev X (2011)]:Click here.
  • 動的なスポーツランキング:例えば,プロテニスにおいては,選手数が多いことや選手が徐々に入れ替わることが理由で,全ての選手同士が対戦することはできない.テニス全体の対戦成績は,1つの試合で勝った選手から負けた選手に矢印を引くことによってネットワークとして表すことができる.このような勝敗ネットワークから選手を順位づけすることは以前から行われている.ただし,これらの手法は,選手の強さが変化しないという暗黙の仮定に基づいている.実際には,例えばロジャー・フェデラー選手に2011年に勝つことと1999年に勝つことは,価値が異なるであろう.本研究では,選手の強さが時間的に変化するような順位づけ手法を提案した.テンポラル・ネットワークの中心性(= 一般にノードの重要度のこと)の問題に対応する [Motegi and Masuda. Sci Rep (2012)].

間接互恵の神経基盤

キーワード:進化ゲーム,脳・神経,協力行動,評判,恩送り,共感
[Watanabe et al. PNAS (2014); プレスリリース]

人はしばしば,直接的な見返りが期待できない相手にも協力することがあり,間接互恵と呼ばれる.間接互恵には2種類がある.1つ目は,個人の評判に基づくもので,良い評判を保つために相手に協力するということである.2つ目は,他人から厚意を受け取ると見ず知らずの他人に対しても協力する,「恩送り」現象である.どちらも,他者に協力することが巡り巡って自分の利益となるという意味で「情けは人のためならず」を実現している.ところが,既存の理論研究(私の研究も含む)は,評判型の間接互恵は理論的に起こりうるが恩送りは起こりえないことを示唆している.

本研究では,機能的脳機能画像法 (fMRI) と集団行動実験を組み合わせることによって,評判と恩送りを支えている脳のメカニズムを調べた.恩送り型の協力行動では前島皮質と呼ばれる脳部位が,評判型の協力行動では背側楔前部(はいそくけつぜんぶ)と呼ばれる脳部位がそれぞれ特異的に活動していることが分かった.これまでの研究から,前頭皮質は主に他者への感情的な共感に,背側楔前部はより論理的な推論や自らの損得の推測に関わっているとされている.また,脳で計算される報酬を実際の行動に結びつけるとされる尾状核と呼ばれる脳部位は,両方の協力行動で活動していた.これらの結果は,評判型の協力行動と異なり,恩送りでは他者への感情的な共感が何らかの報酬と捉えられ,自分に金銭や評判の形では利益をもたらさない恩送り行動を引き起こしていることを示唆している(下図)。

間接互恵の理論

キーワード:進化ゲーム,協力行動,評判,恩送り

人間関係には「相手を利用したい」,「でも悪い評判が立つと後々困る」,「相手によい人でありたい」など色々な思いがうずまいている.経済学のゲーム理論,あるいは理論生物学から発展した進化ゲーム理論では,例えば,協力または裏切りという行動を自分や相手が行うときに,自分や相手が,自身の得る得点を最大化するという観点から数理モデリングを行う.囚人のジレンマは,社会全体としては協力行動が望ましいながらも個々人としては裏切る方が得をする,という状況を記述するゲームとして有名である.実際には、囚人のジレンマのもとで一見難しそうに見える協力行動が可能になる仕組みは,いくつかが知られている.

間接互恵はそのようなメカニズムの1つであり,直接的な見返りが期待できない相手にも協力する現象である.直接的な見返りはなくても,他者に協力することが巡り巡って自分の利益となり,「情けは人のためならず」を通じて社会全体での協力が実現されるのである.私は,下記のような間接互恵の理論的研究を行っている.

  • 自分にとって初めての相手に遭遇したとき,相手の評判に基づいて協力するか否かを決める,というやり方は間接互恵の(主要な)1つである.ある人が例えば協力したときにどのようなルールでこの人に評判をつけるか,は間接互恵がうまく働くための鍵となる要素である.「協力行動=良い評判」とは限らないことが知られている.悪い評判の相手には、向こう見ずに協力してはいけないのである.ただ,相手の評判を見て自分の出方を決めるべき,といっても相手の評判情報が手に入らないかもしれない.本研究では,相手の評判が未知かもしれない場合に,間接互恵が可能になるような評判付与ルール(下図)を明らかにした [Nakamura, Masuda. PLOS Comput Biol (2011)].
    図:協力行動を可能にする7つの評判付与ルール.C: 協力,D: 非協力,G: 良い評判,B: 悪い評判,U: 評判不明.
  • いい事をしてもらったら(同じ相手にではなく)他人にいい事をしてあげる,という協力の連鎖が人間社会では見られる.この「恩送り」に基づいて協力行動が保たれる可能性を解析した.複雑なネットワーク構造と恩送りを同時に仮定すると協力行動が実現されることを示した [Iwagami, Masuda. J Theor Biol (2010); Masuda. PLOS ONE (2011)].

安静時の脳ネットワーク

キーワード:脳・神経,ネットワーク,fMRI, デフォルト・モード・ネットワーク,イジング・モデル,対数線形モデル

安静時の脳ネットワークは,記憶などの認知機能に関係すると考えられている.本研究では,最大エントロピー原理を,人間の安静時の脳ネットワークから得られた fMRI データに適用した。この数理手法は,統計物理学ではおなじみのイジング・モデルや,統計学で知られる対数線形モデルと等価である.本手法によって推定された脳領野間の機能的結合は,既存手法を用いる場合よりも高精度で解剖学的結合と一致していた [Watanabe et al. Nat Comm (2013); Watanabe et al. Front Neuroinfo (2014)].同じ手法を睡眠のデータにも適用した.その結果,睡眠の段階や安静時ネットワークの種類に応じて,脳内の機能的結合の変化方向(増強 or 減弱)が異なることが分かった [Watanabe et al. NeuroImage (2014)].

ソーシャルネットワークにおける自殺傾向

キーワード:ネットワーク,自殺,無縁社会,SNS,クラスター係数
[Masuda, Kurahashi, Onari. PLOS ONE (2013)]

日本の自殺者は,1998年以来年間3万人を超えている.人口で割った比率としては先進国中で最大であり,世界全体でも上位にある.自殺の要因は複合的であり,友人の数や質,地域社会への埋め込まれ具合といったソーシャル・ネットワークの要因も示唆されている.実際,ドイツのデュルケームが19世紀に研究を行って以来,自殺研究は社会学の中心的課題の一つである.

自殺者の減少につながる示唆をネットワーク科学の見地から得られないかと考え,本研究では,株式会社ミクシィからデータ提供を受け,ソーシャル・ネットワークと自殺の関係を調べた.ミクシィ社員が個人情報を削除したデータを,我々が,ミクシィ社内でインターネット非接続の計算機を用いて解析した.ユーザが作成できる豊富な種類のコミュニティが存在することは,mixi の際立った特徴の1つである.本研究では,ユーザが自殺に関係するコミュニティ(自殺コミュ)に属するか否かを,そのユーザの自殺傾向の指標として用いた.

解析の結果,以下のことがわかった.

(1) 属するコミュニティが多い人ほど,自殺コミュに属しやすい.
(2) 三角形をあまりもたない人ほど,自殺コミュに属しやすい.
(3) 直接の友人が自殺コミュに属していやすい人ほど,自殺コミュに属しやすい.
(4) 友人数,性別,年齢は,自殺コミュの属しやすさとほとんど関係しない.

(2) は説明を要する.下の図の A と B を比べると友人数が異なる.友人数が少ない A が B よりも高い自殺傾向を導くことはかねてから指摘されてきた(ただし,今回の調査では友人数と自殺コミュの属しやすさとの関係は認められなかった).昨今の無縁社会とも通じる.

B と C は同じ友人数をもつ.B は三角形をもたない.友人は少なくないが,相手と一対一の関係だけであり,団体に所属している感じがしない.一方,C は三角形を多くもつ.C の人は,3人組,4人組などのグループにいくつか属している.家族,仕事仲間,遊び仲間などに対応すると思ってよい.2人でなく3人以上でこそグループと言える.このとき,C は B よりも自殺傾向が小さい.三角形には自殺を止める力があるようだ.

(1), (2), (3) はこの順番に効果が大きく,特に (1) の効果はとても大きい.自殺コミュに属する人はそうでない人よりも,平均6倍以上多い数のコミュニティに属する.今回の研究では,性別や年齢よりも(1)~(3) のようなソーシャル・ネットワーク(三角形など)や SNSでの振る舞い(所属コミュ数が多いことなど)が自殺をひもとく鍵になりうることがわかった.さらに,鬱についての解析結果も,自殺の結果と同じ傾向となった.

集団ダイナミクスにおける特別なエージェントの影響

キーワード:ネットワーク,進化ゲーム,投票者モデル,盲目的支持者,協力行動

人が偏好を持つ投票者モデル:投票者モデルは,統計物理学や数学の確率論でよく用いられている,集団合意形成を表す確率過程モデルである.各エージェントは2つの意見のどちらかを支持するが,どちらを選ぶかは周りのエージェントの意見に影響されて変化していくと仮定される.我々は,各エージェントがどちらかの意見を偏好するような投票者モデルと,周りの意見に全くされないで自分の意見を貫く盲目的支持者がいるような投票者モデルを提案,解析した.特に,そのようなエージェントが少ない割合いるだけでも,全体の合意形成がとても遅くなったり,大半の人が盲目的支持者の意見に(心の中では弱く反対していながらも)従ってしまいうることが分かった [Masuda, Gibert, Redner. Phys Rev E (2010); Masuda, Redner. J Stat Mech (2011)].

盲目的協力者が囚人のジレンマの進化ダイナミクスに及ぼす影響を調べた.盲目的協力者が少しいるだけでも,集団内の協力頻度は大きく上昇しうることが分かった [Masuda. Sci Rep (2012); Nakajima, Masuda. J Math Biol (2014)].

振動周期の精度

キーワード:ネットワーク,同期,振動,結合位相振動子,時計,ラプラシアン
[Masuda, Kawamura, Kori. New J Phys (2010); Kori, Kawamura, Masuda. J Theor Biol (2012); 日本語の解説記事]

心臓や概日リズムは,ノイズのある環境下でも精確にリズムを刻む生物時計の例である.単一の心筋細胞やニューロンでは,周期的なリズムが刻まれるとしても,その振幅は小さい.したがって,多数の細胞が同期して周期的なリズムを刻むことによってはじめて,生物時計の機能が実現されていると考えられる.

同期が起こるために振動子の特性や振動子ネットワークの構造が満たすべき理論的条件は,よく調べられている.一方,生物時計には,同期しているだけでなく,ノイズ下であるにも関わらず周期があまり変動しないことが求められる.つまり,同期が行われていても(下図b, c;図aは非同期),集団振動の周期が精確でない場合(図b)と精確である場合(図c)とが区別される.

各細胞に入ってくるノイズは,細胞同士の通信によって平均化されて減弱されるかもしれない.中心極限定理は,細胞数の平方根にしたがって精度がよくなることを示唆する.しかし,中心極限定理が使えるためには,各細胞が独立に活動していることが数学的に必要である.しかし,同期のためには,細胞同士がネットワークとして結びついていることが必要であり,このとき,各細胞の活動は独立でない.なので,同期の精確性は簡単にはわからないのである.

我々は,周期の精確性とネットワーク構造との関係を理論的に調べた.枝に方向があって上流と下流が存在するネットワークでは,細胞を増やしたとしても周期は精確にならないことがわかった.一方,枝に方向がないネットワークでは,中心極限定理と同様に,細胞数の平方根にしたがって周期が精確になることがわかった.また,その場合でも,細胞数をある数以上に増やすと周期の精確性は頭打ちになることがわかった.

ネットワーク上の伝搬現象 ー 特に,院内感染

キーワード:ネットワーク,コミュニティ構造,SIR モデル,SIS モデル,パーコレーション,相転移
[Ueno, Masuda. J Theor Biol (2008); 数学セミナー 2010 年 5 月号にも短い解説]

病院内の感染の制御は、公衆衛生の重要課題の1つである.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌のように院内で特に現れやすい病原菌があるし,病院がインフルエンザや SARS などを媒介してしまう場合が結構ある.本研究では,1 つの病院内の接触ネットワークを構築した.カルテには,患者がどの看護師と医師に診察されているかが書かれている.この関係にある人たちをお互いに結ぶ.同じ病棟の看護師どうしも結び,同じ病室の患者どうしも結ぶ(下図).このようにして定義された院内ネットワークの上で「SIR モデル」と呼ばれる,代表的な感染動態を数値計算した.様々な感染防御シナリオを考慮した結果,患者よりも看護師や医師 (特に医師) の病棟間の移動を抑制すること(例:各医師が担当する患者たちをなるべく1つの病棟に集める.医師に優先的に予防接種)が,個々の患者を守ること(例:病室を全て個室化する,患者に優先的に予防接種)よりも高い抑制効果があることがわかった.病棟から病棟へと渡り歩くことが多い医師が感染を広げやすいということである.

院内ネットワークは,病棟内での接触が密で,異なる病棟間の接触は少なめ(データ上は,医師のみがそのような接触を媒介しうる)であり,いわゆるコミュニティ構造をもったネットワーク構造となっている.より一般に,多くのネットワークは下図に示すような「コミュニティ構造」(モジュラー構造,とも呼ばれる)を持つ.グループ化していて,グループ内では枝が密,グループをまたいでは枝が疎,ということである.各グループは会社の組織,学校,趣味,家族などの集団に対応する.このようなネットワークに対して,予防接種をどのような順番で施すのが効率的だろうか? 大規模な伝染を防ぐには,異なるグループをつなぐ位置にある頂点を優先するとよさそうだ.この直観を裏付ける理論解析を行い,具体的な優先順位決定アルゴリズムを構成した [Masuda. New J Phys (2009); 発表スライドをダウンロード]

院内感染以外にも,ネットワーク上の伝搬現象(感染症,クチコミなど)について様々な研究を行っている.例えば,コンピュター・ウイルスが発生したらそれを殺すアンチウイルスが自動的に発生する.そのような伝染予防対策の効率の評価,ネットワーク構造への依存性を数理的に解析した [Ahn et al. Phys. Rev. E (2006)].

重要人物は誰?

キーワード:ネットワーク,ラプラシアン,投票者モデル,ページランク,全域木,ランダム・ウォーク,同期
[数学セミナー 2010 年 7 月号にも関連記事]

極端な言い方をすると,人間関係のネットワークの中には重要人物とそうでもない人がいる.誰が重要人物かは前もってわからないことが多い.その場合は,ネットワークの構造(人と人のつながり方)から、各頂点(人)の重要性(「中心性」と呼ばれる)を判定する.何をもって中心と思うかに応じて様々な中心性の指標がある.多くの他人と結ばれていれば中心的,とは限らない.

ネットワークの枝に方向があるとき,枝の方向に沿った強弱関係を考えることができる.この状況における中心性の代表例は PageRank である.PageRank は Google の検索エンジンの基幹技術である.WWW(頂点はウェブページ、枝はハイパーリンク)の中で、どのウェブページが重要かを判定し,検索結果の上位に表示しているのだ.私は,PageRank や類似の指標(ラプラシアンという行列に基づくもの)とその応用を研究している.

  • 誰に意見を注入すれば,その意見が対立意見に負けずにネットワーク全体に広まりやすいかは,PageRank やラプラシアン中心性で決定される.どの頂点を押さえておけばネットワーク全体を押さえられるのか,と問題を言い直せるが,他にも,遺伝子の拡散,同期,動物個体の強弱関係など広い応用がある [Masuda, Ohtsuki. New J Phys (2009)].
  • 合意形成ダイナミクスにおける,「グループ」の影響力の定量化 [Masuda, Kawamura, Kori. New J Phys (2009)].
  • 2種類の意見のうち,一方が他方よりも強い場合 [Masuda, J Theor Biol (2009)].
  • リンクに方向がある場合は,ネットワーク全体として,最上流ノードや最下流ノードが複数あることが普通である.このような場合の理論 [Masuda, Kori. Phys Rev E (2010)].

協力行動

キーワード:囚人のジレンマ,ゲーム理論,進化ゲーム,互恵,タカハトゲーム,ネットワーク

人間関係には「相手を利用したい」,「でも悪い評判が立つと後々困る」,「相手によい人でありたい」など色々な思いがうずまく.各種の「ゲーム理論」では,例えば,協力または裏切りという行動ルールにして,人々の行動の結果に対して各自はある得点を得ることにして,このような状況を数理モデル化する.その解析によって,協力,搾取,ねたみ,評判,噂,罰などといった個人や集団の行動の理解や設計に迫ることができる.主に「進化ゲーム」の手法を用いて以下の研究を行っている.協力行動においてネットワークが果たす役割はさほど大きくない(あるいは,すでに主要な役割は研究されてしまっている)と感じているので,主にネットワークとは関係ない協力行動の研究をしていて,ある程度はネットワーク+協力行動の研究をしている.

  • ネットワーク上の進化ゲームでは,一定時間の間に,ハブは多くの他人と対戦し,ハブでない人は対戦回数が少ない.この状況では,ハブがうまく戦っているかどうかに関わらず得をするという不自然な状況が起こる.この状況でのゲームをどのように考えるべきか (Masuda. Proc R Soc B (2007)) download presentation slides

同期現象

キーワード:結合位相振動子,ネットワーク,シナプス可塑性,積分発火型ニューロン,ニューラル・ネットワーク,相転移

同期とは,複数の素子の活動のタイミングが揃うことである.日本人の理論的貢献が大きい分野である.同期現象の数理モデル化には,複数の方法があるが,円周上を反時計回りにくるくると回る素子が相互作用する結合位相振動子を考えるのは,標準的な方法の1つである.素子同士がお互いの状態を近づけるような相互作用を仮定すれば,一定の条件下で,同期現象が起こる.

同期現象の研究は幅広い.その中で,私は,ネットワーク上に置かれた振動子の同期について研究している.

  • 神経間に見られるようなシナプス可塑性のもとで同期発火が誘発される現象の,数理的解明 (Masuda, Kori. J Comput Neurosci (2007); Takahashi, Kori, Masuda. Phys Rev E (2009)).
  • スモールワールド・ネットワーク上での同期現象,カオス (Tönjes, Masuda & Kori, Chaos, 2010; Masuda & Aihara, Biol. Cybern., 2004).
  • ペースメーカーの活動に他の素子が従うことによって起こる同期 (Masuda, Kawamura & Kori, Phys. Rev. E, 2009).

線虫の移動行動に見られるべき則

キーワード:脳・神経,線虫,ランダム・ウォーク,走性,べき則,乗算ノイズ
[Ohkubo, Yoshida, Iino, Masuda. J Theor Biol (2010); 数学セミナー 2010 年 12 月号にも関連記事]

線虫は,体長 1 ミリ程度の土壌生物である.302 個の各ニューロンの役割をかなり調べられる,遺伝子操作がしやすい,より複雑な動物と遺伝子の相同性があるなどの理由から,線虫は研究材料として用いられる.

線虫の移動行動は複雑である.具体的には,緩やかにカーブしながら進むことと,時折急激な方向転換を行うことを織り交ぜながら進み,例えば餌の濃度が高い位置へ向かって行く(図左).後者の「急激な方向転換」については,その統計的性質などがよく調べられている.一方,前者の「緩やかにカーブしながら進む」ことについては,好きな化学物質の濃度が高い側に徐々に曲がっていく風見鶏機構の存在を除いては,よくわかっていなかった.

そこで,「緩やかにカーブしながら進む」部分について,実験データの解析を行った.特に,線虫が曲がる速さ(図右)の統計を調べた.その結果,単位時間で曲がる大きさの分布は,べき分布であることがわかった.多くのときは曲がる度合いが小さくて直線的に進み,大きめに曲がるときが時折,しかし,それなりの頻繁で起こる,ということである.曲がる大きさは正規分布に従わないのである.べき分布は,「急激な方向転換」を線虫の軌道から除去した残りのデータについても見られる.

このようなべき分布は,線虫が古典的なランダム・ウォークを行うと仮定すると説明できない.我々は,べき則を伴う線虫の移動行動を,乗算的なノイズを受けるランダム・ウォークによって数理モデル化した.生成された軌道は,実際の線虫の軌道と類似していた.この数理モデルでは,移動するために生成される力が,力の大きさに比例した大きさのノイズを伴う.実際の線虫にもこのような比例関係が存在する可能性が示唆される.

(左)線虫の移動行動の軌跡.(右)線虫が曲がる速さの定量化

選択的注意とガンマ振動の数理

キーワード:脳・神経,注意,周期的振動,同期,ノイズ
[Masuda, Doiron. PLOS Comput Biol (2007); Masuda. Neural Comput (2009)]

脳内の神経活動には多くのリズム現象が現れる.例えば、注意を要するタスクを遂行するときの個体からは、ガンマ振動(30〜80 Hz)が、様々な部位から計測した LFP に見られ、ニューロンの発火も、それにある程度同期している.インターニューロンのネットっワークがガンマ振動を作っているらしいことが、ここ 15 年位でかなりわかってきている.一方、自然なこととして、選択的注意によるガンマ振動の増大とともに、様々な行動パフォーマンスが高まる(特に Fries et al., 2001 以降).しかし、なぜガンマがパフォーマンスの向上につながるかはほとんどわかっていなかった.

そこで、ガンマと機能をつなぐ理論的研究を行っている.ガンマ振動がどのように刺激分別能を高めうるか、について積分発火型ニューロンの集団を用いた理論的な研究を行った.適度なガンマ振動をニューロン集団に与えることによって、ニューロン集団の単位時間あたりの発火数の不規則性が減少することを明らかにした.また、不規則性が減ることによって、刺激の分別能が上がる機構を明らかにした.

運動学習の記憶転移のモデリング

キーワード:脳・神経,小脳,記憶,学習,LTP, LTD, プルキンエ細胞,断熱近似
[Masuda, Amari. J Comput Neurosci (2008)]
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脳の学習はしばしば2段階的である.例えば、海馬は短期的な記憶を担い、必要な情報のみが大脳皮質に送られて長期的に保存される.前庭動眼反射という目の動きの反射運動の学習では、1時間程度の記憶は長期シナプス抑圧によって小脳皮質に蓄えられ、数日以上の記憶は小脳核へ移行することが実験から示唆されている.この記憶転移の数理モデリングを行った.

小脳皮質 (短期記憶部位と思われている) のシナプス学習機構はかなりよくわかっている.一方、小脳核 (長期記憶部位と思われている) のシナプス学習の詳細はわかっていなかった.そこで、後者の学習についていくつかの仮説をたて、妥当性を検証した.

定式化は線形の発火率ニューロンモデルによって行った.詳細な発火時刻やニューロンの特性は捨象して、一つのニューロン集団の平均的な発火活動を 1 変数でまとめて表す程度の粗視化モデルである.このモデルは単純ながらも、この問題については,本質を損わずに記憶のメカニズムに迫るために有効である.このような単純化モデルでは、パラメータの細かい値はあまり生物的な意味を持たない.そこで、fast-slow 解析という理論的道具立てを用いて、各仮説を検討した.パラメータ依存性が強い仮定を棄却し、弱い仮定は頑健であるとして採択することにした.苔状繊維から小脳核へのシナプス、またはプルキンエ細胞から小脳核へのシナプスが、プルキンエ細胞の信号に導かれて学習を行うときに、記憶転移が頑健に起こるという結果が得られた.他のグループも、この結論を支持する実験結果を同時期に発表し始めた.